2001-02-27 第151回国会 衆議院 安全保障委員会 第3号
古い話でございますけれども、真珠湾の攻撃の前には、ハワイの総領事館に外務省の書記生として赴任していた吉川猛夫という海軍少尉は、真珠湾が望めるところにある春潮楼というのですか、そちらの方にしょっちゅう通って、時には芸者さんを上げて、何をしていたかというと、真珠湾に何曜日にはどういう船が何隻入るかということを常にウオッチして、それを流していた。
古い話でございますけれども、真珠湾の攻撃の前には、ハワイの総領事館に外務省の書記生として赴任していた吉川猛夫という海軍少尉は、真珠湾が望めるところにある春潮楼というのですか、そちらの方にしょっちゅう通って、時には芸者さんを上げて、何をしていたかというと、真珠湾に何曜日にはどういう船が何隻入るかということを常にウオッチして、それを流していた。
近い将来に、アラビア語の中級試験あるいは書記生試験、戦前でございますと書記生試験といいましたけれども、大使を出す計画もございますし、漸次先生の御指摘のような方向で改善方努力しているところでございます。
出れば外務省の書記生まで一緒になって歩いたけれども、今の賃金でけっこうでございますなんて、一人も言わなかった。全く低賃金で私どもやっていけません、何とか賃金をめんどうを見てもらいたい、あなたの同僚、あなたの先輩、あなたの後輩はみんな言った。
あなたのおる間に——そういう無学歴の書記生や理事官で上はどん詰まりになっちゃって、それから二年もすれば本国に帰らなければならぬということになる、いい仕事をやろうというよりも、位を上がろうという考え方がある。
「右条約改正ノ当時ハ独リ之カ事務ノミニ止マラス時恰モ」云々「内外ノ用務頗ル多端ヲ極メタルニ館員僅カニ中山書記生一人アルノミ記録報告等ノ事務平素遺憾少カラサリシ義ニシテ或ハ右様ノ事情記録二存セサルコトトモ存候」ということがあります。
それからただいまの、書記生などの優秀な者を登用しろというお話でございますが、これは現在やっておりますことで十分であるかどうかは存じませんが、戦前に比べますと、この点は非常に改善されているわけでございまして、戦前、いわゆる高等官と判任官と申しますか、ああいう者との区別が非常に厳重で、なかなか判任官の者が高等官になれない、あるいはなれてもその限界が非常に低かったのに比べますと、今日では相当上の地位までいけるような
それからいわゆる昔あった外交官試験を通らない留学生とか、書記生試験を通ってきた連中で、相当練達な人がいると思うのですが、そういう者を重視して引っぱりあげていく考えはないかどうか、その点はどうか。
小滝君は、明治三十七年、島根県に生まれ、昭和二年、東京帝国大学経済学部在学中に高等試験外交科試験に合格、直ちに外務省に入り、外務書記生として英国に赴任されました。
それともう一人、言葉のできます昔のいわゆる書記生クラスのものを二名やっております。これはごく最近でございまして、その報告の結果はまだ入ってきておりません。おそらく緊急の事態でない限りは、できるだけ詳細に公信をもって報告させることになっておりますので、いずれ近日中に入ってくるだろうと思います。
○森元治郎君 今のお話の中で、多年にわたって作ってきた情報網、そういう内容と、メダンに派遣したのは書記官であるのか書記生であるのか、どれくらい滞在し、その結果はどういうふうになっているか。
たとえば理事官とおっしゃいましたのは、たしか今の外務書記生試験を受けた人間のことじゃないかと思うのでございますが、これは御承知の通り外交官試験と書記生試験とがございまして、外交管試験はずっと上っていくわけでございますが、理事官の方は、主として特殊の語学をやっていただきまして、その語学によって大体任地がきまっていく。
それに似たようなものは外務省の留学生と外務省書記生制度がありますけれども、これはまた上っていく限度がきまっていて、なかなか課長になれない、非常に優秀な者であってもなれない。非常に例外的には公使くらいになれますけれども、すぐそれはふん詰まりになってしまう。
また省内に私立学校出であるとか、あるいは留学生出身、書記生出身等で相当年配の者がおると思う。そういう者のはけ口というとおかしいけれども、新設の比較的規模の小さいところの大公使館に送って、そういうところで練習させるという手もあると思う。
○森元治郎君 先ほど政務次官から御返事があったポーランド、チェコとか共産衛星国にも外務省の方から優秀なソ連研究家を派遣したい、非常にけっこうだと思うのですが、それはかつて外務省のイルクーツクとかチタとか小さい領事官あたり・に参謀本部の将校が外務書記生の肩書でほおかぶりして入ってきたおそれもあるので、この外務省で養成している人の中には旧軍人というかソ連通というか、旧軍人がなかなかたくさんおるのですから
昔は文部省の留学生もありましたし、外務省の書記生もあって、あそこで言葉をやった人もありますが、おそらくフランス語か何かを通じてハンガリー、ポーランドとも話をしておると思うので、独立国同士のおつきあいとしてはちょっと醜態だと思います。しかもハンガリー、ルーマニア、ポーランド、あの辺のことに関する地名の読み方から、人の名前から、ほとんど違って日本では掲載されておる。
○菊池委員 最近起りました大きな密入国の事件についてお伺いしたいと思うのでありますが、元外務省の書記生で池田篤紀なる者が、香港の総領事館と関係あることを利用いたしまして、望月領事を説いて香港福新公司李成源と称する男と共謀して、二十名余の身元不詳の者にパスポートをあっせんし、一名よりあっせん料香港ドルの千ドルずつを取った、そういうことを私のところに書いて持ってきた者がございます。
ここに名誉領事館ということを申しますのは、これは私がシアトルにおったときの例でありますが、英国のごときはペリーという名誉領事のもとにそこに書記生級のものを送って実務をやらしている。しかもこれは当時カナダも代表しておって、なかなか交通往来のひんぱんにある名誉領事館だ。
そこでそれのステータスでございまするが、日本側は軍事的な色彩の者よりも、シヴイリアンのステータスの者を好むわけでございまして、つまり大使の監督の下にある大使館員、或る者は完全な外交特典を認める少数の上級者と、それから書記生、雇用人式の特権を認める者、これは運転手とか料理人とかいうような極めて限られた特権しかない者、とにかく大使館の職員としてのステータスを与える者であらしめたいという希望を述べておりまするが
その書記生の言うことに、私はその書記生から聞いたが、君はここの国の言葉をよく覚えている、いや、多少……、何年おるか、十五年とかおる、併し私がこの国の言葉を非常よく知つているということが本省に知れますというと、私は出世ができないと言うのです。要するに栄進の途が開けておらないのみならず、或ることに非常に堪能であると、栄進というものの妨げになるという、事ほどさように……。
それから同じく二号には、十七年、三号には十三年、四号には十年、五号には七年、だんだん下がりまして、九号には在官一年未満の場合をいたしたい、それから書記生試験の合格者については、二号にするには在官三十年以上、三号には在官二十五年以上というふうにだんだん区別して行きまして、十号には在官一年未満、それから試験が通つておりませんで大学卒業者の場合は、二号には在官二十七年以上、三号には在官二十二年以上、ずつと
この研修所にはこのほかに外務書記生のクラス、こういうものもございます。更に外務職員で仕事をしておるものの再教育という意味におきまして、グループに分けまして語学を勉強させたり、こういうことをやつておりまするが、更に詳細のいろいろな点につきまして御要求がございますならば、資料として提出いたしたい、こう考えております。
○吉川末次郎君 それは今御答弁ありましたように、外交官の試験によつて、外交官補或いは領事官補、書記生等を求めていられることはよく我々は知つているのであります。
○政府委員(石原幹市郎君) まあ外交官は御承知のように外交官試験で、書記生なら書記生の試験で任用されて行くわけでございまして、而もこの具体的の人事の場合は、これは外務大臣が外務人事審議会に一々諮つてやるというわけでもないのでございまして、只今の御意見は御意見として十分拜聽し、参考として行かなければならんと思いまするが、同一大学を出たものが、学部を出たものが何人以上いちやいけないとかどうとかい規定を置
それから従来の捕獲審検所の構成、これは極く概略を申上げますると、これは戰爭中におきまして、この捕獲審検所が普通の捕獲審検所と高等捕獲審検所と二つございまして、普通の捕獲審検所の組織といたしましては、長官がおりまして、それに評定官が八名並びに監察官が三名置かれておりまして、で評定官という者の中には判事、海軍の将校、海軍の法務局の士官並びに書記官、更に法制局の参事官、それから外務書記生、書記官、外務事務官